韓国には、地上波のテレビ局が3社あります。
国営のKBS、共営のMBC、そして唯一の民営テレビ局であるSBSです。
民営のSBSが2021年3月22日に第一話が放送されたドラマ「朝鮮駆魔師」が放送開始早々、視聴者やネティズンの間に物議を醸した末、僅か一週間後に放送中止される事件が起こりました。
この一件は、韓国社会におけるネットの影響力と近年、韓国民衆の間で広まっている反忠情緒を投影した出来事とも言えます。
それでは事件のいきさつを説明しましょう。
ドラマ「朝鮮駆魔師」の概要
李氏朝鮮の太宗11年(1411年)、フクロウが昌德宮に表れて鳴くと、これを不吉と見た太宗は、解怪祭を行うよう命じた 「太宗実録21巻」
「朝鮮王朝実録」太宗実録に上記の出来事が記されています。
フクロウを追い払うため、解怪祭という儀式を行ったとの記録ですが、この1行だけの記録を元に「もし、そのフクロウが象徴するのは悪霊だったら」と、想像力を発動して書いたのがこのドラマのあらすじです。
2000年以降に制作された韓国の時代劇は大抵がこういった所謂ファンタジー歴史劇の形をとっています。李氏朝鮮に関する史料は、その殆どが「朝鮮王朝実録」という膨大な記録から抜粋しており、実録に書いてある1~2行のある出来事に想像力を加味して一つの作品を書き上げるトレンドになっています。10年くらい前に日本でも大ヒットした「宮廷女官チャングムの誓い」も同じでした。チャングムは実在人物でしたが、朝鮮王朝実録での記載はたった1行に過ぎず、ドラマの内容は完全なるフィクションです。
「朝鮮駆魔師」の話に戻ると、太宗の息子二人、忠寧と讓寧が主人公になっており、明朝を通して西洋の神父も来国するというストーリーになっています。オカルトの好きな人には面白そうな内容ですね。
ネット炎上
実は、ネットで炎上が始まったのは、ドラマが放送始める前からです。
ドラマの予告編が流れると、ネット上では、ドラマ作家の履歴を問題視する声が浮上しました。作家の朴繼玉が、以前執筆した「哲仁王后」は、中国のウェブ小説を韓国版にリメイクしたものでしたが、「李氏朝鮮の歴史を侮辱する」との批判がネットで勃発したことがありました。ネットでは彼を中国の「東北工程」に従う人物と烙印つけ、「朝鮮駆魔師」が書かれる前から既に反中の人々から目をかけられていたのです。
そんな中、第1話の放送が流れた日、すぐさまネットには批判の声が殺到しました。
彼のことが手嫌いな者たちは粗探しをして、揚げ足を取ろうと、理不尽な言いがかりをつけてきたのです。中でも次の2点が特に焦点になりました。
太宗による百姓虐殺
李氏朝鮮の地盤を構築したともいえる太宗が百姓を殺戮したとドラマの中で言及されますが、この部分が「我が国の偉人を蔑む行為」と公憤を招きました。
太宗は現代韓国で歴史上最高たる偉人として崇拝されている「世宗(忠寧)」の父でもあり、李氏朝鮮王朝の中で最も重要な人物の一人ですので、彼を蔑んだと反応すれば、ネットでの同調が得やすかったのです。
忠寧が西洋の神父を接待するシーン
第一話に、中国からきた西洋の神父を妓生屋で接待するシーンがあります。
その際、使われた妓生屋の構造が中国風であることと月餅や饅頭などの中国の食べ物が登場したことが、大きく問題視されました。最近、韓国ドラマは中国資本を受けて制作されるケースが多く、中国側の意図がドラマの内容に反映されたりしますので、そういった現象をよく思わない韓国人が多かったのです。
放送中止決定
このドラマは、月火と週二回放送されるものでしたが、第一話放送が終わった途端、ネット炎上が巻き起こり、二話が終わったころには論争が激化し、収拾がつかないほどになります。それで、ドラマに出演した俳優陣は次々とSNSに「役を受ける際、慎重に考えるべきでした。国民の皆さんにご迷惑をかけて申し訳ございません」と謝罪文を掲載します。
次いで、ドラマのスポンサー企業たちもとばっちりを食うことを恐れて次々とスポンサー契約の取り消しを発表します。勿論、ドラマ作家の朴繼玉氏も謝罪文を掲載しました。
それでも、ほとぼりは収まらず、更にエスカレートするので、とうとうテレビ局自らも放送中止を決定しました。
ネットによる検閲問題
このドラマを巡る一連の事件は、ネット世論が社会に与える影響力が増大したことを示唆するものでした。ネット世論にテレビ局が屈服し、ドラマの内容を自制検閲した格好になってしまったので、このままでは、表現の自由が著しく害されると、一部の有識者は、こういう現象を危惧する記事を出しましたが、ネットの雰囲気を替えることはできません。
そもそも、韓国の時代劇は、一般的に時代考証がでたらめということで有名なので、今回の「朝鮮駆魔師」だけを特別問題にするのは合理性がないのです。月餅とか饅頭が外国からの賓客にもてなされたとしてもおかしな設定ではないのです。
やはり、問題の本質は、世間の多数人の気に障ったところです。近年、韓国の外交、経済、芸能において中国の影響力は日に日に増しており、過去中国は500年もの間、自国を支配していた事実に気づいている韓国の若者が増えています。
日本の勢いがすごかった時代は、嫉妬の念が日本に向いていた分、今は中国の方にも向くようになったわけです。